人生が変わるCafe「人と本と旅」⑤~奥 ひろこ 33歳 日替りカフェのオーナーの一人~

奥 ひろこさん 33歳 日替りカフェのオーナーの一人

「自分のカフェを持つのが夢なんです」思えばあの時のあの一言が、わたしの人生を大きく変えたのよね。

今はもっともっと夢が広がってるけど、あの時のわたしにとっては、そんなことが自分の口をついて出てくるなんて思ってもみなかった。

わたしの主人は小さな設計事務所を個人開業していて、わたしはそんな彼のしごとをサポートしている。結婚したのはいまからもう9年前。24歳の時。結構早かったと思う。

わたしも彼もまだ学生で、でも当時から彼には夢があって。その話を聞くのがとっても楽しか
った。

彼は、「一人ひとりが「自分の夢の場所」を持てることを実現する設計士になる」ってずっと言ってたな~。
そんな彼の話を聞いていると、本当にわたしの心がうれしいって言っているのがわかって、朝まで彼の話に付き合ってたことも何度もあった。

だから、わたしは彼の夢を支えることができている自分がとっても幸せだと思ってもいる。
でもそんなある日、彼が唐突にわたしに聴いたのよね。
「ひろこはさ、なんか夢とかってあるの?そういえば、昔からいつも俺の話ばっかりで、ひろこの夢って聴いたことなかったよね」
わたしは、彼の夢を支えるのがわたしの夢だって答えたの。
そう答える私の言葉に、彼もきっと喜んでくれると思った。

「ひろこさ、それって本当の夢なのかな? じゃあもし、俺が俺の夢をあきらめたらひろこは自分の夢がなくなるってこと? もし俺が死んだら、ひろこの夢も死んじゃうってことなのかな?」

まさか、そんな答えが返ってくるとは思わなかった。
すこしショックだった。
彼はわたしのことが重荷になったの?
自分の夢をもてない私を軽蔑してる?
わたしが彼を支えていきたいってことが彼にとっては嬉しくないってことなの?

頭の中がぐるぐるして、何も言葉を返せなかった。

彼は、そんなわたしのぐるぐるなど、全く意に介していないかのように、「まっいろいろ考えてごらんよ」なんて氣楽な調子で言って、またしごとをはじめた。

「ひろこ、久しぶりね」
今日は、昔からの親友でもあり、いつもわたしの悩みを聞いてくれるわたしのメンターでもある、はるみとランチ。最近話題になっている面白いCaféがあるからと誘ってくれた。

「「人と本と旅」へえ、なんか面白い名前のCaféね。人生が変わるCaféね~ そっか…。」

「面白いでしょ。わたしねここのオーナーの伊川さんと仲良しでね。
実は今、彼と一緒にある面白いプロジェクトをこのCaféをつかってやろうと思っているの。
まあ夢を応援するCaféみたいな感じかな。」
あいかわらずはるみは、パワフルだ。

「ひろこ、なんか元気なさそうだけど、だいじょうぶ?」
そうはるみに問いかけられた。
そういつも、はるみはわたしの心の中が見えているかのように、わたしのことを察してくれて、いつもいいアドバイスをくれたりする。
これはもう神業としか思えない。
わたしははるみに彼から言われたこと、それに対してわたしがぐるぐるして思い悩んでいることを洗いざらい話してみた。

「そっか~」はるみはハーブティを一口飲んでから、そう一言つぶやいた。

「そういえば、ひろこはさ、昔から料理得意だったよね。
ごはんだけじゃなくお菓子とかももう抜群に美味しくて、わたしはひろこが私の奥さんになっていつもごはんつくってよって思ってたくらいよ。。。
まあそれは半分冗談として、でも本当に美味しかった。
いつだったか、ひろこの彼とひろこと、わたしとわたしの彼と4人で伊豆に一泊で旅行いったの覚えている?」

そういえばずいぶん前にそんなことあったっけ。
まだ学生の頃で、でもはるみはもう社会人で。

「その時に、ひろこの彼が、自分の夢を熱く語ってたっけ。
すごいよね今その夢をどんどん形にしているもんね。
それで、その時ひろこが、わたしの夢の場所は、小さなCaféって言ってたの。ひろこ覚えてる?」

「あたし、そんなこと言ってた?」

「うん楽しそうに話してたよ。たくさん人が来てくれなくてもいいけど自分の大切な人がいつも遊びにきてくれて、わたしはその人にあわせておいしいごはんとかおやつとかつくってあげたいなんて話してたよ。」

「え~そうだったっけ?」

「そうよ~ そしてね、そんなひろこの話を、彼はうれしそうに聞いていたな~。
なんかあの光景がわたしすごくほっこりして、すっごく幸せな気持ちになったのを今でも覚えてる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はるみとのランチの帰り道、わたしはすこしだけ寄り道をした。
学生時代、よく一人で行ったCafé。

「確かこのへんだったはずだけど…、あっあった」

そのCaféは10人も入ればいっぱいになってしまうような小さなCaféで、外側はつたに覆われている。入口の近くに可愛らしい手作りポストと、「今日のコーヒーとおやつ」が書かれた小さな黒板型の立て看板が出ている。
「かわらないな~」

中に入ると、懐かしい顔がそこにはいた。
「ゆみこさん!」カウンターの中にいた40半ばくらいの優しそうな女性が、おどろいたような顔をしてこっちを見た。

「あれっもしかして、ひろこちゃん?、懐かしいね~ 元気にしてたの?」

マスターのゆみこさんは、わたしの憧れの人だった。
旦那さんは商社マンで、1年のほぼ2/3くらいは海外出張している。

わたしは、ゆみこさんに、彼から言われた話はしなかった。
そのかわりに、わたしが学生の頃、ゆみこさんに憧れて、こんなCaféをやってみたいと思ってたことを話した。
ゆみこさんは慣れた手つきでコーヒーを入れながら、やさしく聴いてくれた。

「で、ひろこちゃんは今何をしているの?」

そうゆみこさんは聞いてきた。
わたしは、今は結婚して彼の仕事を手伝っていることなんかを、話した。

「そっか。ひろこちゃんさ、夢のタイムリミットってあると思う?」

「夢のタイムリミット?」

「そう夢のタイムリミット。人ってね、夢をあきらめてしまうことってよくあると思うのね。
でもその夢は消えてなくなったわけではなくて、ずっと実はその人の心の中にあるの。
それでね、時々思い出したようにひょっこり顔を出すのね。
でも大抵は、もう今からじゃ遅いかなって言ってまたしまっちゃうのよね。
何回かそれを繰り返していると、いつしかなんかモヤモヤした黒い毛糸玉みたいになって心に絡まったまま、忘れていくの。」

そう言いながらゆみこさんは、お手製のアップルパイを慣れた手つきでキレイにショーケースに並べていく。

「でもね、本当に遅いのかしらねって思ったりもするのよね。
もちろんスポーツ選手になりたいみたいな夢は体力の問題とかあるから、リミットはあるかもしれないけどね、そうでなければ、わたしはタイムリミットはないと思っている。
わたしも昔から持っている夢がまだ実現しないままいくつかあってね、でもこれからそれを少しずつ実現していこうとひそかに計画しているの。
もうそれ考えていると楽しくてワクワクしてね。」

「ゆみこさん、すごい!!それってどんな夢?」

「その一つはね、このCaféの2店舗目をつくりたいと思っているの。でもまだすこし先の話だけどね」

「わー、ゆみこさんすごい!!」

「いつか、そのお店できたらね、ひろこちゃん一緒にやってみる?」
ゆみこさんはやさしく笑いながらそう言った。

ザワザワしていた。あきらかに今私の心はザワザワしている。
そしてドキドキしている。
わたしの中で、バラバラだったパズルのピースがどんどんつながっていく。
そしてそれが一本の橋のような形になって、私の過去と今と未来をつないでいくようなそんな感覚が私の中に急激に湧いてきた。
そして、何かが変わる予感が、わたしをやさしく包んだかのようだった。