2026年「現遊」

20年目のテーマ漢字づくり
こうして年の初めに、その年をイメージして漢字を置いてみることをしていたけれど、なんと!今年で20年やっているんだ!!

ちなみに、ここ19年の漢字はこんな感じ
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2025年「真動」:これまで(特に2013年の起業してから)のことが伏線回収されるかのように繋がり線になる
2024年「深見」:様々な変容の前にあらためて自分を深く見つめる(生きる世界がシフトしはじめる)
2023年「愛」 :日常のにある愛おしさをより自覚する(これまでの夢が日常になっていることにも氣づく)
2022年「源繋」”遊働旅生”を体現できるようになってきた(全国でVWDワークショップ開催)
2021年「湧遊」:自分でコミュニティと講座をひらく(神さまの内省ダイアローグ&場づくり講座)
2020年「変観」:なんとなく続いていたものが瞬間で変わり得ることを感じる(ミラク出版始動)
2019年「航界」:起業以来の事業がいくつか終わる(価値観と行動がシフトしはじめる)
2018年「場創」:Visionary Work Garage本格スタート(場づくりの面白さに目覚める)
2017年「自流」:台湾でワークショップ開催(海外でもやりたい気持ちが強くなる)
2016年「玉響」:Dream Libraryプロジェクトスタート(カンボジアとの縁が深くなる)
2015年「照」 :新たな気づきと学びにたくさん出会う(学びの質が大きく変わった年)
2014年「連環」:自分未来編集を出版(はじめて本を世に出す)
2013年「越」 :独立起業(人生の転換点)
2012年「解放」:ワークショップデザイナーになる(今の事業づくりの礎をつくる)
2011年「成果」:完全自分起案で社内で新規事業を提案する(ワクワク感を思い出す)
2010年「自変」:キャリアカウンセラーになる(自分のビジョナリーワークの種を蒔く)
2009年「創出」:人生が変わる問いと出会う(人生が変わる起点の1つ)
2008年「挑戦」:新業態・新デザイン店舗づくりで超ハードワーク
2007年「起点」:当時携わっていた店舗事業の方向性が大きく変わる
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これを眺めていると、いろんなことが断片的だけれど思い出される感じがあって面白い

2025年の「真動」を書いたとき、さまざまなシフトが自分の周りにダイナミックに起きてくる中で、自分の「真ん中から動く」ことや、情報よりも体験が大事というようなことを思っていた。

あれから1年を経て、今思う感覚は一言でいうと考えれば考えるほど何が「本当のこと」なのかわからない世界に生きているとでも言うものだろうか。

だからというのもあるかもしれないが、この1年は思考ではなく、「心と體の声(声という表現がよいのかわからないが)」につながる時間というものも、習慣として自分の日常により意識的に取り入れてみた。

余計な思考は手放してただ自分の真ん中から動く、思考しすぎず「応じて心のままに動く」ような感覚。

そうすることで自ずと導かれるように、自分にとって望ましいと思える状況が現れてくる感覚もあったし、またそうでなかったとしてもその状況に無理に抗おうとしないことで、実は素晴らしいことに繋がっていたと実感することも増えた1年だった。

さて、「真動」はもちろん今年も意識しつつ、今年の漢字をどうしようかと思って出てきたのが「現遊」だった。「現遊」という言葉にはいくつかのイメージがある。

1つは自分の目の前に現れてくるものに遊ぶかのように応じていくというイメージ。

また1つは遊ぶように動きながら、いろいろなものを現象させ形にしていくというイメージ。

今年は昨年の真動に「遊ぶ」というイメージと「形にしてゆく」というイメージをさらに強調してみた感じ。

荘子は時間や空間にとらわれない世界・境地を「遊」として、様々エピソードで説いているけれど、まさに思考しすぎを手放して、「こうしなければならない」ということが一切無いところから、この世界にいろいろなものを形にして表すことを遊んでいるイメージ。

やはり今年も活動の中心には「場づくり」がくるとは思うけれど、その場づくりにおいて特に表現したいものが越境遊学

実は年末に、これもまた伏線が繋がるかのような感覚ではあったのだが、この「越境遊学」の場というイメージが「図書館」というイメージとつながって、「可能性がひらかれてゆく図書館」のようなものを今妄想しはじめている。

これがまた2026年末に、どんな風に振り返っているのか、楽しみだ。

もちろん「形」にしていく時には、やっぱりいろいろ「思考」するのだろうけれど、同時にいつでもその時その場に応じて思考や思考したものを手放せる自在さをもって、遊ぶように表現していけたら本当に最高だ。

ということで、2026は「現遊」を体現していってみようかなって思う。

追伸
最近、AIによってつくられたもの(であろうもの)を目にすることがやたらと多く、なんか「乗り物酔い」をしているかのような氣持ちの悪さを感じることがよくある(笑)

だからなのか、現地・現物・リアルの手触り感がとても心地よくそれを求めている自分がいる。なのでそれを感じられるような時間をますます増やしていこうと思っている今。